☆〈対談〉☆危機にたつ知床の動物たち


知床では、ヒグマに人間の恐さを教えるためと称して、事実上の虐待を行っています。

今なぜ知床が注目されているのか、を突き詰めてゆくと人間の傲慢さが見えてきますね(福田)

1996年10月号 北海ぽすと 掲載

●●●●●ゲスト ●●●●●インタビュアー

        かどさきまさあき ふくだ

         農学博士 門崎允昭氏 フリ−ライタ− 福田かほる

  ”人を襲う熊の存在率は二千分の一、 襲う熊に出合うのは確率の問題です ”

福田●お久しぶりでございます。おかげで前回のヒグマ対談は大変好評でした。今回は特に知床の動物を中心にお話しいただけるそうですね。

門崎●知床の野生動物の状況については、以前からゆゆしく思っていましたが、たまたま6月に講演者として斜里町に行く機会があり、そこで また新たな問題に接し、これはいよいよ一言、言わなくちゃならんと思ったわけです。参考までにこれがその時のチラシですよ。

福田●何やら見覚えのある文章…と思ったら前回の対談からの抜粋ですね。でもこの引用の仕方では、ちょっと誤解を招くかも知れませんね。

門崎●誤解といいますと?

福田●この部分だけ取り上げると、先生が、熊の研究には人身の安全が最も大切であると断言しているような印象を受けます。

門崎●それがいけませんか?

福田●困りますね…。日頃、〃人間本位の施策があらゆる諸悪の根源〃と明言されている先生のお説に反するではありませんか。

門崎●それはそうですが、羆との共生には人身の保安が前提です。それが実現しない熊との共生は説得性を欠く空論になります。ところで、8月(1996年)にカムチャツカで動物カメラマンの星野道夫さんが無防備のまま、ヒグマに食い殺されたという事件がありましたが、これは起こるべくして起こった事故だと私は考えています。現場のクリル湖には私も1993年に熊の調査で行ったことがありますが、あそこはカムチャッカの南部で最も熊の多い所で、とても無防備で入る地域ではありません。

     ”人間は自分のエゴイズムで野生に多大の迷惑をかけている”

福田●星野さんは、無防備でも動物と分かり合えるという信念を持っていたようですが、私も大いに共鳴するものがあります。

門崎●そういう考え方は己本意の解釈で、熊には全く通用しませんよ。熊の棲場に入る時には、やはり相応の防備(自衛)は絶対に必要です。

福田●防備はしても、防具は持たないくらいの気持ちでいるほうが、本当の意味で野生動物と接することができるような気がするのですが…。

門崎●それはあまい考え方だと思います。人を襲うクマの存在率は二千分の一以下ですが、そういう熊に出合うかどうかは確率論の問題です。ただ野生はそんなに甘くない。星野さんも〃餌が豊富な熊は人を襲わない〃という熊観を信奉していたあまり、不幸な結果を招いてしまったと思いますよ。もし〃鉈(なた)〃で もあれば助かった可能性が高いし、その熊も殺さずに済んだと思います。人間は自分のエゴイズムで野生に多大の迷惑をかけているという現実を絶対に忘れてはいけません。

福田●本日は重い話題から始まりましたが、このことについてはまた後でお伺いすることにして、まずは知床での講演会の模様をお聞かせください。

門崎●斜里町は、むやみに野生動物にテレメを付けることでも関心のある地域だったのですが、私を誹謗する連中のエリアでもあり、これまで一度も講演の依頼が無かった所な んです。内容は「ヒグマによる事故を防ぐために」ということで、私の研究を基にした話をしました。参加者は40名ほどでしたが、熱心な方ばかりで、質疑応答も予定時間を軽くオーバーしてギリギリ一杯まで行いました。驚いたのは余分に用意 したつもりの拙著「ヒグマ」が完売 してしまい、その後15冊も注文がきたことですね。

福田●それだけ地元の方にとっても衝撃的な内容だったのでしょうね。ところで今、知床の動物にはどんな問題が起こっているのですか。

 

 ”何もしないヒグマをリンチにかけたり殺したり…斜里の呆れた無法行政 ”

 

門崎●現在、斜里町ではキツネ・シカ・クマに対する電波発信器による行動調査が進行していますが、その過程で、ヒグマにとんでもないリンチが行われているのです。 福田●リンチといいますと?

門崎●口に出すのもおぞましいのですが、誘餌による餌付け(蜂蜜ではなく古いマトンやラム肉を10〜12キロも罠に仕掛け、途中にも肉を撒いて、熊が餌を 食いつつ誘導されるようにしているもの)でヒグマを捕獲し、テレメ装着後に放逐前のヒグマを棒や鉄パイプで叩きいじめ、熊の目に「クマ撃退スプレー」を吹きかけるなどの物凄いリンチを行っているのですよ。 目的は人間の恐さを学習させるというのですが、麻酔で動けない状態のヒグマに、そういうリンチを仕掛けるなど、研究者としてはもちろん、人間としてあるまじき許し難い行為です。

福田●「クマ撃退スプレー」は人間にも有害なものですか。

門崎●トウガラシ類の刺激成分であるカプサイシンを忌避剤にしており大変刺激性の強いものです。 誤って人体に吹きかけた時は、ただちに応急措置をして医師 の治療を仰ぐようにとの注意書きがあります。皮膚についた場合はやけど・ただれの恐れがあり、呼吸器に入った場合は呼吸困難・せき・くしゃみが起こり、目に入った場合は流水で目をよく洗った上で、病院へ行くようにとの指示がありますね。

福田●ヒグマをリンチにかけてまで行っている調査、というのはいったいどういう種類のものですか?

門崎●地元の関心のある方が、それについて関係機関に問い合わせても〃知らせる必要はない〃と 一方的に情報公開を拒否されたということです。

福田●それはまた、おかしな話ですね。

門崎●ただ調査そのものは、環境庁の許認可の範疇(はんちゅう)にありますから、環境庁も承知しているはずですよ。

福田●そういう被害にあったヒグマはどのくらいいるのですか。

門崎●今年(1996年)6月の時点で23頭にのぼっています。これとは別に、観光の邪魔になるという理由などで今年、射殺されたヒグマはすでに5頭もいます。

福田●最近よく耳にする〃痛い目に合わせて羆が人里に近づかないようにするというのは、こう いうことだったのですか…。これもアメリカ・カナタ゛の〃先進諸国〃の物まね的な行為なのでしょうね。

門崎●皮肉なことに、檻で捕まえる方法はそうですが、熊を放畜前にリンチを加えるところだけが、彼等の独創的な所なのですよ。

福田●つまりイジメ用というわけですか。

門崎●そうですよ。ところが最近これを道庁などの行政が支持しており、またマスコミも盲目的にそれを是認するような報道をしているのです。

福田●そのような主旨のことが報道されていたのを私も読みました。

門崎●日本のマスコミもけしからんですよ。たとえば行き過ぎたテレメ調査や、このようなリンチ同様の行為に対しては目をつむり、いたずらに知床の自然や素晴らしさばかりを報道する。

福田●知床はいま〃最後の秘境〃ということで各方面の関心が高く、マスコミも大きく取り上げています。しかし同時に特定の姿勢、特定の意見しか報道しない傾向があるのも事 実です。おそらくニュース源獲得のための操作でしょうが、天下のNHKにすら、そのような傾向が感じられました。

”公正な立場で発言”

門崎●私は公正な立場で発言しているつもりです。ヒグマ による人身事故についての私の研究 が、9月6日(1996年)付けの新聞各紙で報道 されたのですが、いずれも〃主〃たる研究者の私が〃従〃の扱いになっ ていました。それはともかく、内容 が一部誤った形で報道されているので、この場で補足 説明させていただきます。私は熊と遭遇したら、先制的に武器で熊と戦えと勧めているのではありません。万が一熊が襲ってきた場合には、積極的に反撃することが生還する条件で、それには、鉈(なた)が有効であると言っているんです。『人身事故を起こすクマは2〜3才の若グマか、子を連れた母グマが圧倒的に多い。そして人を襲ったクマも人から鉈や包丁などで反撃されると退去することが多い』ということを私はいっているのです。

北海タイムスは『子連れの母グマへの反撃は自殺行為ともなり 「反撃が有効」と一般化するのは難しい(道自然保護課)』とする道の自然保護課のコメントを伝えている のですが、そもそもこれまでに人身事故の検証など一度も行ったことのない自然保護課には、コメントする資格すらないと思います。またこう いう素人同然の者にコメントを求めるマスコミ自体の勉強不足をも表 しています。 道の自然保護課が出した熊の啓蒙パンフレットに羆に襲われたら「死んだまねをせ」と図までつけてあるのには、その無知といい加減さには驚きました。

福田●相手の肩書きやネームバリューを利用して記事を進めるのは、実 は非常に簡便な記事の書き方でもあ るのです。自分で判断できない時や考える必要がない時には特に有効ですね。

門崎●私もずいぶん取材を受けていますが、こちらの真意を正しく報道してくれることは少ないですよ。

福田●ジャ−ナリスト独特の嗅覚、感性というものは天性の素質に頼るところが大きいのです。

門崎●客観的にみてフェアな報道が 非常に少ないと思います。例えば知床の番屋に熊が出るとすぐ大きく報道されますが、これは適切な防止策をしていないからですよ。逆さクギや電気柵のようなもので防げるのですが、マスコミはいたずらに熊の被害を伝えるだけで、こうした防止策についてはまず報道しません。

福田●知床〜秘境〜ヒグマはマスコミが好きな話題の一つですからね。

門崎●そういう〃話題づくり〃のためとしか思えないような報道を生み出すマスコミには、かねてから苦々しく思っていますよ。

 

  《〃秘境〃は目玉に、〃野生〃は喰いものに》が斜里町の「合言葉」?

 

門崎●首にテレメを装着された知床 のキツネは敏捷性を阻害され(キツネは普通、昆虫なネズミなど動く餌 は跳躍して捕まえる)、栄養不良と情緒欠如(精気を失っている)で実 にかわいそうな状態ですが、この調査目的というのが『人のエサにどの程度依存しているかを調べるため』というのですから本末転倒ですよ。

テレメという位置捕捉具は、連続的に綿密な追跡調査をしなければ意味 がないものですが、彼等はそういう調査はこれまでに一度も行ったこと がありません。野生動物の生態研究は、自然状態での生態の情報を大量 に収集するところから始まるのです 。テレメを付けてすぐ結果が得られるような感覚でいるなら、本来見えるものも見えてこないでしょう。

福田●テレメは成獣用でも電池寿命が2年位といいますし、切れても交換したり外したりしていませんから残酷ですね。

門崎●自然に首から外れるタイプを売り物にしているメーカーもありますが自然状態ではまず外れません。

福田●調査費用捻出のためには大変有力な費用項目だそうですが。

門崎●私は随分前から電波発信器の濫用には、野生動物に対する倫理面から反対を唱えてきましたが、装着する側には動物の命の尊厳を思いやる気持ちなどは全くないでしょう。相手が口が利けない動物なのをいいことに、好き放題の行為をする研究者の倫理観には憎悪さえ感じます。

福田●知床の真の姿は意外に伝わってきませんが、やはり観光を収入源としている地方自治体の思惑が大いにからんでいるのでしょうね。

門崎●それどころか、電波発信器を付けた野生動物を観光の目玉にしようという計画もあるようです。アメリカやカナタ゛のように見学のためのシャトルバスなんかを出すつもりなんでしょう。 このテレメ調査も知床自然センター の職員らによって行われているのです。

福田●人間に喰い物にされる野生動物は、まさにいい面の皮ですね。ところで斜里町の牛来(ごらい)町長は、たしか知床の自然保護を訴えて当選した人物だと思いましたが…。

”羆は生態系の頂点、熊が住める地域は他のすべての野生動物も住める環境”

門崎●ええ。町長になる前は知床自然保護協会の会長でしたからね。

福田●知床自然センターも貴重なミズナラ林を伐採して建設されましたが、なぜかあまり大きく報道されませんでした。ただ新駐車場設置に伴う伐採問題については一部のマスコミが報道していますが…。

門崎●知床では1981年に大量に 公園内の樹木を伐採する計画があり牛来さんは当時、反対運動の先頭に立って伐採中止を呼びかけた人物です。しかし町長に当選してからは、手のひらを返したように施設を造るための自然破壊と電波発信器をつけた羆を観光資源に利用する施策を進めているように見えます。知床は手つかずの秘境のようなイメージで伝えられていますが、現実には私は破壊と言っていますけれど、原生林などの伐採をはじめ、かなり開発が進んでいますよ。

福田●自然センター、駐車場、さらに新駐車場と、このまま開発が進行 すると大変なことになりますね。

門崎●前にも言いましたが現在、全道面積の約50%が熊の棲息地で、そこに1.900頭(出産前)〜2.300(出産後)ほどのヒグマが棲息していますが、熊が住める地域は他のすべての野生動物も住める環境なのです。また全道面積の約70%が森林地帯といわれている地域(9%ほどの無立木地を含む)ですが、私はこの森林面積の10%に相当する約56万ヘクタール(大雪山地域23万ヘクタール、日高地域25万ヘクタール、知床地域8万ヘクタール)を原生自然保存地区とすべきと考えています。またヒグマが種を維持し続けるためには、10万ヘクタール規模の連続地が必要です。

 ”地元を煙に巻く知床開発の黒い霧。斜里町役場ぐるみの情報 大作戦! ”

 

福田●地元の自然保護運動家によると、こうした開発・建設計画は秘密裡に進行し、事前の情報公開は全くないそうです。

門崎●知っていますよ。まるで戦前の報道統制のようだというのでしょう。私は1978年から 全道212市町村を対象にヒグマの捕獲と被害の調査を行っていますが 今年(

1996年)、斜里町はこの調査に協力できない旨、町の林務係長を通じて電話で回答してきました。その理由というのが、町の行政に反対するグルー プの招待で講演したからということなのです。

福田●6月の講演会のことですか。

門崎●そうです。反対派にデータが流れて町政批判に繋がる恐れがある ので町役場内で協議の結果、回答しないことにしたそうです。

福田●それでは統制というより報復ではありませんか。

門崎●かも知れません。私に対する非難や中傷は現地では珍しくありませんからね。例えばこれは斜里新聞 (平成8年5月15日号)に掲載されたものですが、町の自然保護係長 の山中が、私と犬飼先生の共著である「ヒグマ」について『鉈で戦った方がよいとか、陰部を露出すれば クマは逃げるなど、返って危険な行為やバカげた話が載った本が今でのも堂々と売られているのが、わが日本国なのです』なとど内容を極度に歪曲した発言をしているのです。私 が〃鉈(なた)〃の携帯を勧めているのは前述のとおりですし、陰部云々も犬飼先生がアイヌから採録した民族事象です。私は1970年以降の道内のヒグマによる 人身事故はすべて検証していますが、彼は1件もしていません。彼等が作成した「クマのしおり(?)」には、クマが襲ってきたら〃死んだふりをするとよい〃というカナダのヘローの本の記述そのままの、請け売り説が堂々と記載されています 。へローの記載自体、根拠がハッキリしない曖昧な知見に基づくものなのですがね。

福田●以前、山中さんは門崎先生のことを〃熊の調査の仕方を知らない人〃なとど発言して質問者の小川佳彦さん(斜里町−町民オンブズマン オンブズマン主宰)と一悶着あったそうですね。

門崎●私はその場にいなかったのですが、後にそれを聞きました。

山中は自分の無知を披瀝したということでしょう。問題は括( くく)り罠で白骨化したヒグマが発見された平成4年の事件です。山中の主張はテレメ装着の熊が10月に動かなくなった(動態反応が無くなった)ので、 冬眠したと思い確認に行かなかった 。 翌年5月に確認したら括(くく)り罠を樹に引っかけて 白骨化していたというものですが、これを聞いたとき、私は彼は北海道の熊の生態の基本(既知と未知の分別)すら理解していないと分かりました。というのは、私の研究では本道のヒグマで最も越冬開始が早いのが 11月20日過ぎというデータを得ているからです。もし山中の予見が本当なら初知見ということで、〃 論文〃ものですよ。それが事実か否か研究者ならば何をさしおいてもまず確認に行くのが普通です。しかもその時確認に行けば、そのヒグマを助け出せた可能性も否定できません。北海道のテレメ(電波発信器)調査でいったい何が分かったのか、私から言えば、すでに分かっていたことや予想されていたことをテレメで再確認したにすぎません。

福田●ところで先月(8月)知床国立公園内の民有地1160ヘクタールについては、道が買い上げの意向を示し、国が全額補助することにな りましたが、ここはヒグマをはじめオジロワシや天然記念物のシマフクロウなど多数の野生動物が棲息している地域ですね。

門崎●そうですよ。特にテッパンベツ川はヒグマが遡上するサケ・マスを捕獲できるほぼ唯一の河川です。

福田●そういう自然の河川は多くの生命を育んでいますから、もうどんな手入れもしないで欲しいと思いますね。なぜか国・公立公園はとんでもない開発をする癖があるので、心 配でたまりません。

門崎●私も同感です。 北海道の自然保護が正真正銘のものとなるには、大雪山の黒岳と旭岳のローフ゜ウエイを撤去するところまで踏み込まないと実現しないでしょう。

福田●その反面、手入れの必要があることをほったらかしにするというチグハグな傾向もありますね。4月に知床の羅臼町で胎児を抜き取られたクラカケアザラシの死体が漂流していたというニュースが報道されましたが、こうした卑劣な事件でも被害者が動物の場合はなぜか犯人追及の声は小さく、関係者一同沈黙のまま、うやむやにされてしまうことが多いですね。せめてマスコミぐらいは闘志を燃やして後追い取材してもらいたいと思いますが…。ところでなぜ胎児だけを抜き取るのですか。

門崎●おそらく剥製目的でしょう。アザラシの胎児は素晴らしい毛並みをしているので、一部の愛好家に珍重され、よく狙われるのです。

福田●動物相手ならどんな悪いことをしても許されるというのでしょうか。それにしても〃野生動物をむさぼり喰う妖怪〃がこれほど知床に棲息しているとは思いませんでした。

     福田かほる氏には「やぶにらみTVエッセイ、なんちゃててれび」近代文芸社刊がある。


  表紙へ