「もし、熊に遭ったら、どうする!本当の熊対策」


 
<講談社発行、アウトドア雑誌「FENEK」2006年10月号掲載記事>

 今年の夏後半から東北地方を中心に、熊遭遇のニュースをよく耳にする。あなたが、もし野外で熊(羆や月輪熊)に遭遇したらどうしまか? 熊対策は諸説あるが、間違いがひとり歩きする場合も多いという。ここでは、熊などの野生動物を36年間研究している門崎允昭さんに、「本当の熊対策」を教えていただく。

 現在、日本では本州以南に月輪熊が8,600〜12,600頭、北海道には羆が1,900〜2,300頭棲んでいる。羆は北海道では「山親父」、月輪熊は本州では「森の親父」と畏敬の念で俗称され、いずれも自然の元締め的存在で、日本の緊張感ある自然を創出している陸棲最大の獣達である。両種とも日本へは氷河期時代に海面の低下で(海水が雪の原料となり陸に堆積し、海水が減少したために)、日本列島とアジア大陸が数万年間陸続きとなった時に大陸から渡ってきて土着したもので、以来、人と同じ土地で生活している。よって、人と熊は互いに棲み分けで共存すべきで、それには熊に生息地を保証し、頭数はその中で自然の摂理にまかせる「生息域管理法」で行うべきである。その生息地から抜け出し、作物などに被害を起こす可能性が明白な個体は割り切って殺す。これを実施すると奥山から次々と熊が里に近づき、これをまた殺すことで究極には熊を絶滅させるではないかという意見もある。
 しかし熊は環境的に樹林地を好む獣であり、奥山に熊の好む餌樹(ドングリ類、コクワ、ヤマブドウなど)を残し、樹を伐採し過ぎて山を明るくし過ぎなければ多くの熊は里に近づかないし、例え不用意に近づいてもまもなく立ち去るものである。

「人を襲う原因は3つ」
 さて、羆も月輪熊も人を襲う原因は3つに大別される。

1,食べる目的で襲うことがあり(月輪熊は稀)、この場合は人を執拗に攻撃し、倒した人間をその場で喰うこともあるが、多くは己の安心できる藪の中や窪地や小さな沢地などに人を引きずり込む。
2,戯れ苛立ちから襲うこともあり、襲う熊は2,3歳の若熊に限られている。この場合は頭を下げ、毛を逆立て半ば白目を出して上目ずかいに人を睨みながらにじり寄り、「ファ!、ファ!」と威嚇しながらちょくかいを掛けてくる。
3,人をその場所から排除するために襲うことがあり、その理由は不意に人と出会ったときの不快感から興奮しての先制攻撃(人から反撃されて、熊が直ぐに人から離れ逃げ去る場合はこれである)や、子連れの母熊が子を守るための先制攻撃がある。この種の事故を予防するには、鈴や笛を鳴らして歩くと良い。  また人が持参している食物や作物家畜などを奪う目的、あるいはすでに確保した物や場所を保持し続けるのに邪魔な人間を排除するために襲う場合もある。それには越冬穴の存在に人が気ずかず穴に近ずいたために、穴から熊が飛び出し襲ってきたというのもある。

「時季により襲い方がちがう」
 人に対する熊の襲い方は時季により2つに分けられる。2月中旬以降の冬籠もり末期と冬籠もり明け直後は、立ち上がる体力がなく這ったまま主に歯で攻撃し易い部位をもっぱら囓る。これ以外の時季は立ち上がって手の爪で攻撃することが多い。
 そろそろ秋の山菜採りの時季、この時期の熊も人を襲う場合は、立ち上がって手の爪(手足とも指は5本)で攻撃してくる。熊の手爪は「熊手」の原型となったほど頑健で、手爪は鉤型で長さは6〜10cmもある。

「クマ用心」
 私が熊(羆だが)に間近で出会った体験は、1:足寄で新生子のいる熊穴を覗きに行き、中を覗いた途端母熊に約60cmの距離から吠えられたこと。2:大雪山で単独熊と7?8mの距離で遭遇したこと。3:カムチャッカで羆を30m程離れた位置から撮影中に、羆が突然7、8mまで私に突進して来たこと……などである。
 そんな経験を持つ私が実行し、他人にもすすめる熊の対策を紹介する。そして、実際に「熊が襲ってきた場合の対応」は私は未経験だが、過去の事例からいえることは、「死にものぐるいで抵抗反撃すること」。「死んだふりをするなど論外(意識ある状態で、熊の爪や歯の攻撃にじっと耐えられる人間など誰もいない)」。鉈があれば、最善である。鉈で熊の身体のどこでもよいから叩くことだ。そうすれば、熊も痛さを感じ、怯んで、人を襲うのをまず止め、躊躇しながらも立ち去るものである。

 既述のように、人と遭遇し興奮して我を忘れて襲ってきた熊は、人の少しの抵抗で、我に返り、そそくさと立ち去るものである。以上のことは、過去の事例から明白である。これ以外に「襲い掛かってきた熊を熊撃する確実な方法」はないと思う。「熊の鼻先を叩け」という人がいるが、うまく叩けるものではない。熊の痛覚は全身にあるからどこを叩いてもいい。

それでは 具体的な「熊対策」とは…
 熊(羆)と遭遇する可能性がある場所での実用的行動(これは私が実行している方法です)
 まず勇猛心を持ち、常に熊と遭遇した場合の対処法を頭に入れ、時々それを思い浮かべながら行動すること

1.必ず鉈を携帯する(武器として実用的な物であること)
2. 音の出る物(ラジオや鈴など)で、常時音を立てて歩くと、辺りの音の異常が感知し難いので、要注意である。それよりも、時々声を出すか、笛を吹いた方がよいと思う。
3. 辺りを充分注視しながら進む。見通せる範囲はもとより、その先の死角部分では、特に歩調をゆっくり遅めて、注視すること。
4. 万が一熊に出会ったら(20m以上距離がある場合)、走らないで、熊の様子を窺いながら、熊から離れること。
5. 距離が10数mないし数mしかない場合は、その場に止まりながら、話しかけること(最初は普通の音声で、それからは大声で)。そして熊が立ち去るのを待つ。自分も少しずつその場から離れてみる。
6.(私は未経験だが)、側にのぼれる木があればのぼり逃げる。襲ってきたら死にものぐるいで鉈で熊の身体のどこでもよいから叩く。

<人家付近での熊の出没対策>
 1940年代までは、民家では犬を普通のこととして、放し飼いしていたので、熊など野生獣は吠える犬を嫌って民家に近ずかなかったものだが、犬を繋留飼いするようになってから、民家に熊が近ずくことも稀でなくなった。そういう状況の今日の熊対策だが、人と遭遇する機会の少な、夜だけ出没する熊は、人を襲うことはないから殺すべきではない。出没地に石灰粉を撒いて、足跡からその熊の挙動を監視して被害を起こす個体か否かを見極めるべきであろう。また、人を見て、まもなく逃げる熊は人を襲うことはないから、殺すべきではない。

 さらに、生塵は外に放置しない。また、箱罠は被害地所から離れた場所に設置することが多いので、目的とする個体以外の別の個体を往々にして、獲ることが多いので、私は箱罠の使用には賛成しかねる。犬を夜間だけ放し飼いすることを積極的に検討してもよいのでは思う。そうすれば、熊だけではんなく、猿・鹿・アライグマなどによる民家付近での果樹作物の食害も防げると思う。

<ヒグマとツキノワグマの違い>
 日本には2種の熊がおり、羆(学名Ursus arctos「熊」の義)は北海道にのみ、月輪熊(Ursus thibetanus「チベットの熊」の義)は本州以南にのみ現棲している。九州では絶滅したというが、真偽は不明である。羆は冷涼な、月輪熊は温暖な気候を好む。
月輪熊は首や胸に白毛がある個体が多い。羆にも首や胸に白毛がある個体もある。羆は身体が大きくなると木登りしないが、月輪熊は身体が大きくなっても木に登る。羆の最大のものは、雄で体長2.4m、体重400kg、雌は体長1.9m、体重169kgである。月輪熊の最大のものは、雄で体長1.5m、体重120kg、雌は体長1.3m、体重90kgである。両種とも、発情期(5月下旬〜7月上旬)、出産期(1月〜2月)、子の数(1〜3頭)、養育期間(子が1歳ないし2歳過ぎるまで)とも同じである。食性も両種ほぼ同じで、草類・木の実・蟻・鳥獣類やその死体・蜂・果樹作物・家畜・魚など・稀に共食いもする。



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