「いい町いい川 豊平川百話」対談


「いい町いい川 豊平川百話」対談   札幌FM三角山放送局 2002.05.01放送

札幌のFM局で放送された「豊平川(とよひらがわ)にまつわるヒグマ」について対談した全内容を紹介します。

新田郷子:私たちの生活の中でとても多くの恵みをもたらす川、川は情報の宝庫です。
けれど、私たちは川の事をどれだけ知っているでしょうか?札幌市民にとって最も身近な川である豊平川を通して様々な視点から、川の魅力を探っていこうと言うのがこの番組です。毎回ゲストの方をお招きして、お話を伺ってまいります。
今日、ご紹介するのは、北海道野生動物研究所 所長 門崎 允昭さんです。こんにちは。

門崎允昭:こんにちは。よろしくお願いします。

新田:ようこそおいでいただきました。門崎さんは獣医学を専攻して、農学博士でいらっしゃるんですね。ヒグマの事をもう30年以上調べていると聞いていますが。

門崎:そうですヒグマの事を主たる研究対象としております。

新田:豊平川というと、町の中を流れている所しかイメージに無いのですが、今回豊平川と“ヒグマ”どのような関係があるのかな?と思っていましたが、豊平川の源流のことからお聴きします

門崎:豊平川の源流は豊平峡ダムの上流で、位置的には中山峠の南東部およそ12キロ地点にある高さ1,235メートルの小漁山の南斜面が源流になっているんです。

新田:そこから流れ出しているんですか。そうすると、熊の生息域と重なってきますね。

門崎:そうです、そういう場所があります。

新田:川はどのように町の中まで流れてくるのでしょうか?

門崎:源流部から途中に豊平峡ダムを通って北方向に24キロ定山渓まで流れ下ります、そこでほぼ直角に東の方向に曲がります。そして、国道230号線に沿って14キロ流れて、石山でまたほぼ直角に曲がって、今度は北方向に向きを変えます。そして札幌の市街地を下って石狩川に流れ込んでいます。全長76キロメートルの川ですね。

新田:そして、川の流域にいるヒグマはどのようなところに出没しているんですか?

門崎:熊の生息地は熊が続けて長期に利用している場所の事です。豊平川沿いでの生息地はどこかというと、源流部から豊平峡ダムの湖面を含めて生息地になっています。

新田:湖面もですか?

門崎:イヌカキですけど非常に遊泳が巧みで、泳ぎ渡りますからね。

新田:そうですか。

門崎:それからその下の“豊滝”と“白川”の豊平川の岸辺からそれぞれ南北数百メートル入った場所からその奥の方も熊の生息地です。毎年のように“豊滝”と“白川”で熊の出没騒ぎがありますが、出没地は生息地からたまに出てくる場所のことを言いますので、その数百メートル奥の方から出てくるんです。

新田:よく白川の果樹園に熊が出たと聞きますね。

門崎:そうです、豊平川につきましてはその辺が限界で、それより下流の方は熊の生息地にも出没地にもなっていません。

新田:この連休中は連日のように調査に出かけていると聞きましたが?

門崎:昨日まで3日間札幌の市街地から南の方に18キロ行った所に、東西南北それぞれ約2キロメートルの国営の滝野すずらん丘陵公園があります。そこの、南側のほとんどの地域と東側の一部地域が熊の生息地になっていますが、公園に熊が入り込んでは困るので、高さ3メートルの有刺鉄線を使ったフェンスを作っているところの北海道開発局のアドバイザーとして奥の方の調査に行ってきました。やはり熊はいましたね。

新田:熊を見たというより通った跡をごらんになったんですよね。

門崎:そうです、熊の足跡、食べ跡。熊はザゼンソウを年中好んで食べます。

新田:ザゼンソウが大好きなんですか?

門崎:ミズバショウと同じような所に生えている紫がかった花がザゼンソウです。
他のケモノは食べません。ザゼンソウは熊しか食べないので、ザゼンソウを食べたような跡があったら、熊ではないかと疑っていいんです。ですから、ザゼンソウは熊を調べる大切な指標の植物なんです。
ところが、飼育熊に与えると口から泡を吹くんです。口の中で炎症を起こすんですね。しかし、野生の熊は年中食べているんですよ。飼育熊の口の中はザゼンソウには耐えられるようにはなっていないんですね。

新田:ザゼンソウがある場所がヒグマの憑き場(つきば)なんですね。

門崎:ですから、私が熊の調査をする時にはザゼンソウがあるかどうかを始めに見ます。
標高700メートル以上の所には北海道ではザゼンソウはありません。その代わりにミズバショウが出てきます。ですが、ザゼンソウが無くてミズバショウがあるところでも熊は出てきますからね。そのような所の熊は散発的にミズバショウを食べます。サハリンあたりの熊はミズバショウを好みます。それは、ザゼンソウが少ないからです。

新田:今日は、ヒグマがザゼンソウを好むと教えていただきました。

門崎:昔からヒグマはミズバショウを好むと言われていましたが、それは間違いです。低平地ではミズバショウとザゼンソウが共に生えているところが多く、ミズバショウの白い花と葉の形が目立つので間違ったのでしょうね。特に雪が解けて発芽してきた時の形は筒型をしているので非常に似ています。折って匂いを嗅いで見るとザゼンソウは鼻をつく強烈な“ピリッ”とした刺激臭がしますが、ミズバショウはあまい匂いがしますので分かるのですが

新田:ザゼンソウとミズバショウのようにヒグマの生態で私たちが誤解していることはありますか?

門崎:いくつもありますね。

新田:会ったら死んだふりをする。とかマンガとかに良くありますね。

門崎:北海道庁が出したパンフレットで、市町村役場に行くと置かれている物なんですが、そこにこんな事が書かれているんです。
“熊に襲い掛かられたら、「首の後ろを手で覆い地面に伏して死んだふりをしてください」。山に入る人は万一に備えて練習してください。”と図入りで書いてあるんですよ。
新田さん、熊に実際に襲い掛かられると、長さが5センチから7センチある爪で引掻いてくるんでよ。それから、歯でかじってきます。そんな状態で我慢していられますか?

新田:できないですね。それを薦めているんですか?

門崎:はい。昔からも言われてきています。こんな非現実的な方法を北海道の行政が啓蒙のパンフレットに図入りで出しているんです。
北海道での人身事件は、1970年から今日まで58件あります。しかし道庁は行政として1つも検証していないので、分からないのでこういった物を作ってしまうんです。

新田:本当に、そんな時はどうしたら良いのですか?

門崎:58件の内、猟師が襲われた22件は別として、一般人が襲われた36件の内、死亡に至ったのは12件あります。そのほとんどが素手で対抗して殺されています。生還した24件の人達は鉈(なた)・包丁・鉄の棒・付近の石を拾い、それで熊を叩きつけるなど、またそのような物が持ち得なかった人は全身で全力で熊に反撃した結果、熊が人から離れていったんです。そのような検証結果から、熊に襲われて生還するためには、刃物で積極的に反撃するのが一番有効でそれ以外有効な方策は無いと私は思います。ですから、一般人が合法的に持ち得て、熊に有効な刃物としては鉈(なた)なんですよ。実際に実用し得るのは男性であれば刃渡り23から24センチの細身の物、女性であれば20センチ程度の細身の物を携帯する。
北海道で山菜取りができるような地域は、ほとんどが熊の出没・生息地なんです。北海道212市町村の内、160市町村が熊の生息地もしくは出没地を領しています。

新田:そんなにヒグマの分布は広いんですか。

門崎:現在、北海道の50%の地域がヒグマの生息地です。そこに1,900頭から2,300頭の熊がいます。

新田:もっと、誤解されていることがあると思いますが、今日はすごくめずらしい物を持ってきていただいています。

門崎:明治の初め逓信省で郵便配達夫(郵便配達員)に持たせた熊よけラッパです。力を入れて吹いてください。真鍮で出来たラッパです。

「・・・・・・・。」

新田:さあラジオをお聞きの皆さんどのように聞こえたでしょう?

門崎:こちらは畜鈴(ちくれい)、英語で“カウベル”熊は非常に孤独性の強い動物ですから、他種動物の人間とか家畜に出会うと不快感から先制攻撃をしてかかってきます。これは、古くヨーロッパでは分かっていて、後にアメリカに導入されて、明治24年(1891年)今から111年前に札幌農学校の校長を務めた「橋口 文蔵」先生がアメリカに行った時に持ち帰ったものなんです。そして、北海道でも家畜が熊に襲われる事が多発していたので同じようなものを作って使ったんです。

新田:これを牛や馬の首に掛けたんですか?

門崎:鳴らしてみてください。

「・・・・・・・。」

門崎:もっと強く振ってください。

「・・・・・・・。」

新田:これはどうして門崎先生の元にあるんですか?

門崎:私の恩師、北大の動物の教授 犬飼 哲夫先生からいただいたものです。

新田:ご一緒に本を出された方ですね。

門崎:北海道新聞社から出た「ヒグマ」という16年前に初版が出て、一昨年2回目の改訂をしたロングセラーの本です。

新田:111年前のカウベルと、130年前のラッパを持ってきていただいてありがとうございました。熊の痕跡や色々な動物の痕跡を探して調査する“痕跡学”という言葉も作って、「痕跡学辞典」も出していらっしゃる北海道野生動物研究所 所長 門崎 允昭さんでした。


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